「あれっ、柱がない!」日本相撲協会の英断
このところ何かと世間を騒がせている日本相撲協会。
なかでも、横綱・朝青龍の品位・品格が問われ続けていますが、皆さんはどう思われますか。
筆者はどちらかといえば、スポーツライクに相撲を観ているほうなので、
朝青龍の土俵以外の行動には興味がなく、一連の騒動がピンときません。
それどころか、先場所千秋楽結びの一番で、ダメを押した朝青龍と
売られた喧嘩を買ってでた白鴎とのイザコザなんかは、拍手喝采!
どこに問題があるのでしょうか。北の海理事長だって現役時代、
威力満点のカチアゲ(立ち会いと同時に片方の肘を相手力士の顎に入れ、そのまま押し上げる)
というえげつない技を多用していたし、千代の富士なんかはようやく
横綱と対戦できる番付まで上がってきた途端、仕切りで横綱をにらめつけ、
テレビ解説者の顰蹙をかっていたし、大横綱になってからも、
釣り落としなんていう危険な技を結構やっていました。
そんなお歴々に、横綱の品位・品格を問え、というほうが無理ってもんです。
そもそも、力士たちは場所中の15日間、勝ったか負けたかを日本全国に公表され、
番付1枚違えば天国と地獄の差、という我々一般人とはかけ離れた世界で生きているわけで、
そんな選ばれしアスリートに対し、一般人と同じ物差しをあてたってしょうがないでしょう。
かつては「1年を10日で暮らすいい男」と謳われた力士ですが、
現在では、1年6場所×15日間=90日間に加え、本場所のない月はすべて巡業で埋まっている状況。
ズル休みしてサッカーやったって大目に見るべきです。
朝青龍がもっと賢かったら、露見せずに済ませることだってできたはずです。
断言しておきますが、朝青龍が歴代の横綱には見られなかった型を創造したのは間違いなく、
取組中にスタイルを変えられるという、その変幻自在の相撲内容にこそ着目すべきです。
朝青龍が稽古をさぼって、強さを発揮できなくなったら、大いに叩けばいいのです。
それでも、横綱に品位・品格を問うのであれば、江戸時代のように横綱を名誉職とし、
強いだけでは横綱にしないという制度に戻せばいいと思うのですが、
そうはいかないから現状のように強い者を横綱としているのでしょう。
すべては、日本相撲協会が何をどう伝えていくかに、かかっているのです。
とはいえ、伝統を重んじるばかりでは、世間にそっぽを向かれるの自明の理。
かつて日本相撲協会は、観戦の邪魔になっていた、四本の柱を取り除き、
屋根を天井から吊り下げることで、伝統を守りつつ観客にも配慮するという
離れ業を成し遂げたものですので、「日本らしさは何?」と問われて即答できなくなっている
現代の日本人に、相撲のよさを残してもらいたいものです。
ところで、リフォームをお考えの皆さんは、くれぐれも発注の際「柱を撤去して」なんて言わないでくださいね。
編集部・小口
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